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忘れたはずなのに目は覚えていた? ― 言葉を使わずに記憶を測る最新研究

こんにちは、Dayです!
このブログでは、最新の脳科学論文を一般の方にも楽しめるようにわかりやすくまとめています。

今回のテーマは目の動きから“忘れたはずの記憶”を読み取る最新の脳科学研究についてです。

私たちは普段、「覚えている」「忘れてしまった」と言葉で記憶を表現します。けれども、実際には自分でも気づかない“無意識の記憶”が体に残っていることをご存じでしょうか。

最新の脳科学研究では、人の視線の動き(目の動き)を追うことで、言葉に頼らずに記憶を測定できることが明らかになりました。さらに、睡眠が記憶を強くする効果も、この“目の動き”によって客観的に確かめられています。

今回ご紹介するのは、自然なアニメや映画を使った実験で「人は予測的に視線を動かし、忘れたと思っていた出来事を実は覚えている」ことを示した注目の研究です。
言葉ではなく目が語る記憶の科学――教育や睡眠、さらには認知症研究にもつながる可能性を持つこの成果を、わかりやすく解説していきます。

本記事は、以下の研究をもとにしました
Schmidig, F. J., Yamin, D., Sharon, O., Nadu, Y., Nir, J., Ranganath, C., & Nir, Y. (2025). Anticipatory eye gaze as a marker of memory. Communications Psychology, 3(1), 122.
https://doi.org/10.1038/s44271-025-00305-7

目次

記憶は本当に「忘れた」ものなのか?

私たちは普段、「あれは忘れちゃったな」と思うことがあります。しかし脳科学の研究では、「忘れた」と感じても、実は脳の中にはその情報が残っている場合が多いことがわかってきました。

言葉で答える記憶テストの限界

従来の記憶研究では、質問に答えたり、単語や画像を思い出してもらう「言葉でのテスト」が主流でした。ところが、この方法だと「思い出せない=本当に記憶がない」とは限りません単に言葉にできなかっただけかもしれないのです。

無意識に残る「隠れた記憶」とは

例えば、ある音楽を聴くと昔の出来事がふと思い出されたり、香りで一気に過去の記憶がよみがえることがあります。これは「無意識に残っていた記憶」が、きっかけによって表に出てきた例です。今回紹介する研究もまさにこの点に迫り、「本人が“忘れた”と思っていても、脳や体が覚えていることがある」という現象を、目の動きという新しい方法で検証しました。

視線で記憶を測る新しい方法 ― MEGAとは?

人が何を覚えているのかを調べるとき、これまでは「覚えているかどうか」を質問して答えてもらうのが当たり前でした。しかし、もし言葉を使わずに記憶を調べられるとしたらどうでしょうか?

今回の研究では、目の動き(視線)を使って記憶を測る「MEGA(Memory Episode Gaze Anticipation)」という手法が考案されました。

「予測的な目の動き」とはどんな現象?

人は一度見た出来事を覚えていると、次に同じ場面を見たとき、出来事が起こる前に視線がその場所へ先回りして動くことがあります。これを「予測的な目の動き」と呼びます。たとえば、アニメで突然キャラクターが画面の左側から飛び出してくる場面を見たあと、もう一度同じ映像を見ると、多くの人の視線はイベントが起きる前に自然と左側へ向かうのです。

視線と記憶をつなぐ実験の仕組み

研究では、参加者に「驚きのある動画」を見せた後、同じ動画をもう一度視聴してもらいました。その際に視線を追跡すると、出来事が起こる前に視線がその場所に集まるパターンが観察されました。つまり、視線の動きが“出来事の記憶”を反映していることがわかったのです

このMEGAという方法を使うことで、従来の「言葉で答えるテスト」では見えなかった「隠れた記憶」まで捉えられるようになりました。

研究で明らかになった主な成果

今回の研究では、アニメーションや自然な動画を使った複数の実験が行われました。その結果、「目の動きが記憶を物語る」という驚きの事実がいくつも確認されました。

視線が「忘れたはずの出来事」を思い出させる

参加者が一度見た動画をもう一度視聴すると、出来事が起こる前に視線がその場所へ移動することがわかりました。これは、本人が「もう忘れた」と感じていても、脳の中には記憶が残っていることを示しています。

睡眠で記憶が強くなることを確認

さらに研究では、一部の参加者に短い昼寝をしてもらいました。その結果、昼寝をしたグループの方が予測的な目の動きが強く現れ、記憶がより定着していたのです。これは、言葉で答えるテストでははっきり見えなかった「睡眠による記憶強化効果」を、視線のデータで可視化できたという大きな発見でした。

言葉では説明できない潜在的な記憶

中には「全く覚えていない」と答えた参加者でも、視線の動きは「実は覚えている」ことを示すケースがありました。つまり、意識には上らない“潜在的な記憶”を、目の動きから読み取れるということです。

科学としてのおもしろさ

この研究が注目を集めるのは、単に「新しい測定方法を開発した」というだけではありません。人間の記憶や意識について、これまでの常識を揺さぶる“おもしろさ”があるのです。

体が先に覚えている? ― 脳と意識のズレ

私たちは「忘れた」と思っていても、体の反応(視線)は先回りして記憶を示すことがあります。これは、意識で感じていることと、脳が処理していることが必ずしも一致しないという、人間の不思議さを実感させてくれます。

日常の映像でも測れる「リアルな記憶」

実験に使われたのは、特別な実験映像だけでなく、YouTubeのような自然な動画でも効果が見られました。これは「研究室の特殊な条件だけの話ではなく、日常に近い環境でも通用する」ことを意味します。私たちの普段の生活での記憶の仕組みを、そのまま科学で捉えられるのです。

哲学的な問い「記憶とは何か」へのアプローチ

「自分が覚えていると感じること」と「脳が覚えていること」がズレる――この事実は、“記憶とは何か?”という哲学的な問いにもつながります。意識できる記憶だけが「本当の記憶」なのか、それとも無意識に残る情報も「記憶」と呼べるのか。科学と哲学の境界を刺激するテーマでもあるのです。

応用の可能性と今後の展望

この研究で示された「目の動きから記憶を測る方法」は、学術的な発見にとどまらず、私たちの生活や医療、教育にもつながる大きな可能性を秘めています。

発話できない人の記憶評価

言葉で答えることが難しい幼い子どもや、認知症の高齢者、脳損傷による発話障害を持つ人にとって、従来の記憶テストは不十分でした。
視線を使えば、「答えられなくても、覚えているかどうか」を調べられるため、診断やリハビリに役立つ可能性があります。

教育や学習への応用 ― 睡眠と記憶の関係

この研究は「昼寝によって記憶が強まる」ことを視線から確認しました。学習や受験勉強においても、睡眠の大切さを科学的に裏付ける指標として活用できるかもしれません。今後は、授業やトレーニングの効果を測る新しい方法になる可能性もあります。

視線追跡技術が広げる未来

近年はスマートフォンやタブレットでも視線を検出できる技術が登場しています。
将来的には、日常生活の中で自然に「どれくらい覚えているか」をチェックできるようになるかもしれません。教育、医療、さらにはゲームやエンターテインメントにも応用範囲が広がるでしょう。

まとめ|目が語る“記憶の科学”の新しい可能性

今回ご紹介した研究は、「記憶は言葉でしか測れない」という常識を大きく揺るがしました。
人が「忘れた」と感じていても、目の動きが記憶を物語ることがある――これは、私たちが普段意識していない“隠れた記憶”の存在を示しています。

さらに、昼寝によって記憶が強くなることを視線から確認できた点は、睡眠と学習の大切さを新しい形で裏付ける成果でもあります。

この発見は、発話が難しい人の記憶評価、教育やリハビリ、さらには日常的な学習サポートなど、多方面への応用が期待されます。

言葉ではなく「目が語る記憶」――この新しい視点が、脳科学や心理学の研究だけでなく、私たちの生活や未来の技術にも新たな可能性を開いてくれるでしょう。

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この記事を書いた人

脳科学・神経科学を専門とする大学研究者。日々の研究活動で触れる最新の知見を、医療従事者や研究者だけでなく一般の方にも伝わりやすい形で紹介しています。このブログでは、PubMedなどから注目の論文をピックアップし、日本語で要約・解説します。

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