こんにちは、Dayです!
このブログでは、最新の脳科学論文を一般の方にも楽しめるようにわかりやすくまとめています。
今回は「アルツハイマーをわずか3分で見抜く可能性を秘めた新しい脳波検査『Fastball』」についてです。
アルツハイマー病は「できるだけ早く気づくこと」が治療のカギと言われています。ところが、従来の記憶テストは「単語を覚えてください」「あとで答えてください」といった形式で、本人のやる気や体調に左右されやすいという弱点がありました。
そこで注目されているのが、イギリスの研究チームが開発した脳波テスト Fastball(ファストボール) です。
検査の方法はとてもシンプルで、ただ画面に表示される画像を“見るだけ”。わずか3分間で、脳が無意識に発する「知っている」というサインを読み取り、記憶力の変化を客観的に測ることができます。
この記事では、Fastballの仕組みや最新研究でわかったこと、そしてアルツハイマーの早期発見にどのように役立つのかを、一般の方にもわかりやすく解説していきます。
本記事は、以下の研究をもとにしました。
Stothart, G., Collins, T., Kazanina, N., Wincenciak, J., Baskerville, A., Goodfellow, S., Sandford, A., Robbins, C., Macleod, A., McKenna, P., Stothart, C., Inman, M., Miles, R., & Kidd, E. (2025). Fastball memory assessment in mild cognitive impairment: Evidence for diagnostic and prognostic potential. Brain Communications, 7(5), fcaf279.
https://doi.org/10.1093/braincomms/fcaf279
アルツハイマーは「早期発見」がなぜ大事なのか
アルツハイマー病は、ゆっくりと進行する認知症のひとつです。発症のごく初期には、本人も周囲も「ちょっと物忘れが増えたかな?」と感じる程度で、日常生活には大きな支障がないことも多くあります。
しかし、この段階を見逃してしまうと、記憶力や判断力の低下が少しずつ進み、気づいたときには仕事や生活に大きな影響を与えてしまうことがあります。
近年は レカネマブやドナネマブといった新しいアルツハイマー治療薬 が登場し、世界的に注目を集めています。これらの薬は「病気の進行を遅らせる」効果が期待されていますが、その効果を最大限に発揮できるのは ごく初期の段階 です。
つまり、アルツハイマー病は「治療できるようになった」だけでなく、「どれだけ早く見つけられるか」が未来を左右する病気 になってきたのです。
だからこそ、病気が本格的に進み日常生活に大きな支障が出る前に、早期発見の仕組み を持つことがとても大切なのです。
従来の記憶テストの課題とは?
アルツハイマー病や認知症の早期発見には、これまでも「記憶テスト」が使われてきました。
代表的なものは、医師や心理士が患者さんに単語や文章を覚えてもらい、少し時間をおいてから思い出して答えてもらう方法です。
こうした検査はシンプルで有効ですが、いくつかの課題があります。
- 本人のやる気や体調に左右されやすい
その日の集中力や気分によって結果が変わることがあります。 - 検査を受けていることを意識してしまう
「頑張って覚えよう」と努力すれば、実際の記憶力以上に良い結果が出てしまうこともあります。 - 客観性に欠ける部分がある
口頭での回答や採点は、人によって差が出やすく、脳の状態を“そのまま”測っているとは言えません。
つまり従来の記憶テストは、「本人の自覚や努力」に強く依存している という弱点を持っていたのです。
このような課題を解決するために登場したのが、今回紹介する新しい脳波検査「Fastball」です。
新しい脳波検査「Fastball」とは?
「Fastball(ファストボール)」は、イギリスの研究チームが開発したまったく新しい記憶力の検査方法です。従来のように「単語を覚えて答える」といった努力は一切必要ありません。
やることはとてもシンプル。
参加者はただ画面を眺めているだけでOKです。数多くの画像が次々と表示される中で、同じ画像が繰り返し出てくると、脳は無意識に「知っている!」と反応します。そのときに生じるわずかな電気信号を 脳波(EEG) で測定し、記憶の状態を客観的に判断するのがFastballの仕組みです。
この方法には大きな特徴があります。
- 検査時間はわずか3分
- 本人の努力や集中力に依存しない
- 無意識の記憶反応を直接とらえられる
つまり、Fastballは「脳の正直なサイン」を読み取る検査といえます。従来のテストでは見逃されていたごく初期の記憶の変化を、より正確に見つけられる可能性があります。
研究でわかったこと ― Fastballは本当に役立つのか?
研究チームは、健康な高齢者54名と、軽度認知障害(MCI)の方53名を対象にFastballを実施しました。MCIとは「認知症の手前の段階」といわれ、記憶力の低下が見られる人もいれば、そうでない人も含まれます。
結果1:記憶障害があるMCIで反応が低下
Fastballの脳波反応を比べてみると、「記憶障害を伴うMCI」の人たちは、健康な高齢者やその他のMCIに比べて明らかに反応が弱いことがわかりました。つまりFastballは「誰の記憶が落ち始めているのか」を正確に見分ける手がかりになるのです。
結果2:無意識の記憶を測っている
さらに詳しく分析すると、Fastballがとらえているのは「注意力」ではなく、認識記憶(見たものを覚えている力) であることが明らかになりました。これは、単なる集中力テストではなく、本当に記憶力そのものを測定できている証拠です。
結果3:将来の予測にもつながる
興味深いことに、研究参加者の中で1年後に認知症へ進行した人たちは、最初の時点ですでにFastballの反応が弱かったのです。つまりFastballは、現在の記憶状態だけでなく、将来のリスクを予測する可能性まで秘めています。
このように、Fastballは単なる実験的な方法ではなく、「診断」や「予後予測」にも応用できるかもしれない強力なツール であることが示されたのです。
科学としてのおもしろさ
Fastballが注目されているのは、単に「新しい検査だから」ではありません。そこには脳科学ならではのユニークなおもしろさがあります。
1. 特別な努力なく“正直な脳”を測れる
従来の記憶テストでは、「頑張って覚えよう」と意識すれば結果が良くなることもあります。しかしFastballは、ただ画像を見ているだけで脳が無意識に発する反応をとらえる仕組みです。本人がごまかそうとしても、脳は正直にサインを出してしまう――この点が非常にユニークです。
2. わずか3分で客観的な結果が得られる
通常の心理検査や面接式の評価は時間がかかりますが、Fastballは3分で終了。しかも数値化された脳波データとして残るため、誰が測っても同じ基準で比較できるという科学的な強みがあります。
3. 医療から日常へ広がる可能性
EEG(脳波)はこれまで病院や研究室で扱う専門的な技術でした。Fastballは、そのEEGをもっとシンプルに活用し、将来的には自宅でもできる認知症チェックへつながる可能性を示しています。
科学が「研究室の中だけのもの」から「日常の健康管理ツール」へと進化している点は、多くの人にとってワクワクするニュースです。
Fastballは、“努力不要・短時間・客観的”という3つの要素を兼ね備えた、これまでにない科学的アプローチなのです。
今後の展望 ― 認知症チェックはもっと身近になる?
今回紹介したFastballは、まだ研究段階にある技術です。現時点では医師の診断や従来の検査を完全に置き換えるものではありません。
ですが、このシンプルさと短時間で終わる利便性から、将来的には私たちの生活の中に入り込む可能性があります。
自宅でできるスクリーニング
従来の脳波検査は病院や研究施設でしかできませんでしたが、Fastballは「ただ画面を見るだけ」で測定できるため、家庭用の簡易チェックツールとして発展する可能性があります。
将来、パソコンやタブレットに小型のEEGデバイスを接続して、自宅で定期的に記憶力の状態を確認できるようになるかもしれません。
医療機関での早期発見ツール
また病院では、外来診療の短時間で行える検査として役立つ可能性があります。問診や紙のテストだけでは見逃してしまうごく初期の変化を、Fastballなら脳波のサインとして捉えられるからです。
将来の社会的インパクト
認知症は誰にとっても身近な課題です。もしFastballのような検査が普及すれば、
- 「気になるから少しチェックしてみよう」というセルフケアの第一歩
- 医療機関での早期治療開始のきっかけ
- 介護や生活支援の早めの準備
につながり、社会全体に大きなメリットをもたらすでしょう。
Fastballは、まだ「研究室の技術」ですが、将来は “誰もが気軽に使える認知症チェック” へ進化する可能性があります。これは、認知症と向き合う私たちにとって大きな希望となるでしょう。
まとめ ― Fastballが変えるアルツハイマー早期発見の未来
アルツハイマー病は「できるだけ早く見つけること」が治療の成否を大きく左右します。従来の記憶テストには、本人の努力や集中力に左右されやすいという課題がありましたが、Fastballは脳が無意識に発する反応をとらえることで、その限界を乗り越えようとしています。
- 3分で終わるシンプルな検査
- 本人が覚えようとしなくても自然に記憶力を測定できる仕組み
- 将来の認知症リスク予測にもつながる可能性
これらの特徴は、アルツハイマーや認知症の早期発見に新しい道を開きつつあります。
もちろん、Fastballはまだ研究段階であり、診断を完全に代替するものではありません。しかし、家庭や医療の現場に導入されれば、「認知症チェックは特別なこと」から「誰でも気軽にできる習慣」へと変わっていくかもしれません。
脳の健康を守る第一歩は、できるだけ早く変化に気づくこと。Fastballは、その未来を実現するための強力な一歩になり得るのです。

コメント