こんにちは、Dayです!
このブログでは、最新の脳科学論文を一般の方にも楽しめるようにわかりやすくまとめています。
今回のテーマは「夜勤・時差ぼけで体内時計が乱れると、乳がんが転移しやすくなる理由」についてです。
夜勤や不規則な勤務、海外出張の時差ぼけ、育児で睡眠が削られる生活――こうした「生活リズムの乱れ」は、誰にでも起こりうるものです。
これまで「夜勤が長い人ほど乳がんが増えるかもしれない」といった話はありましたが、体の中で“何が起きて”がんが悪化するのかは、はっきりしない部分が残っていました。
そこで今回紹介する研究は、体内時計が乱れた状態をマウスで再現し、乳腺(胸の組織)の変化や、がんの広がり方を詳しく調べています。
結果として、体内時計が乱れると乳腺の構造が崩れ、がんが早く出て、肺に広がりやすくなることが示されました。さらに注目なのが、免疫の働きを弱めてしまう“ブレーキ役”の分子「LILRB4」が関わっていそうだという点です。
この記事では、専門用語をできるだけ避けながら、「なぜ生活リズムの乱れが、がんの勢いを変えてしまうのか?」を順番に解説していきます。
本記事は、以下の研究をもとにしました。
Ogunlusi, O., Sarkar, M., Carter, K., Chakrabarti, A., Boland, D. J., Nguyen, T., Sampson, J., Nguyen, C., Fails, D., Jones-Hall, Y., Fu, L., Wright, G., Kim, D. M., Cai, J. J., Mallick, B., Keene, A. C., Jones, J. R., & Roy Sarkar, T. (2025). LILRB4 regulates circadian disruption-induced mammary tumorigenesis via non-canonical WNT signaling pathway. Oncogene, 44(46), 4491–4504.
https://doi.org/10.1038/s41388-025-03597-5
背景:体内時計と乳がんリスク
私たちの体は 24 時間周期の体内時計(サーカディアンリズム)によってホルモン分泌や免疫機能を調整しています。
夜勤や時差ぼけのように体内時計が乱れると、心身の不調だけでなく生活習慣病やがんのリスクが高まることが疫学研究で指摘されてきました。特に乳がんの一種であるトリプルネガティブ乳がんは、女性の乳がん全体の約 15〜20 % を占め、進行が早く死亡率も高いことで知られています。
腫瘍の進行と転移への影響
次に研究者は乳がんを自然に発症する遺伝子改変マウスを用いて、体内時計の乱れが腫瘍形成に及ぼす影響を調べました。通常、このモデルでは 22 週目ごろに腫瘍が現れますが、体内時計を乱したマウスでは 18 週目と早期に腫瘍が出現し、腫瘍負荷も大きく、肺への転移が有意に増えていました。
また、がん細胞の根源であるがん幹細胞(CD49f 陽性細胞)の割合や腫瘍細胞が3Dで増殖する能力も高まっており、腫瘍の攻撃性が増していることが示されました。
“冷たい”腫瘍と免疫抑制:LILRB4 が鍵
研究者は腫瘍微小環境(TME)を単一細胞レベルで解析し、体内時計の乱れが免疫細胞のバランスを変えて腫瘍を“冷たい”状態にすることを突き止めました。正常なら腫瘍内に侵入してがんと戦う CD8+T 細胞が減少し、逆に腫瘍の成長を助ける M2 型マクロファージや制御性 T 細胞が増えていたのです。こうした免疫抑制状態を誘導していたのが免疫受容体 LILRB4でした。LILRB4 は通常、過剰な炎症を抑える役割を担いますが、CRD 条件の腫瘍ではこの受容体が過剰に発現し、免疫の“オフスイッチ”となってしまいました。LILRB4 の上流・下流にある分子(ARG1、CXCL5 など)も同時に増えており、免疫細胞ががん細胞を攻撃しにくくなる状況が作られていました。
LILRB4 を標的とした治療の可能性
研究チームは、体内時計を乱したマウスに LILRB4 に対する抗体治療を行い、その効果を検証しました。腫瘍の大きさは変わらないものの、肺への転移は大幅に減り、抑制性 T 細胞の割合や免疫抑制遺伝子 Arg1 の発現が低下しました。このことから、LILRB4 が体内時計の乱れによる免疫抑制と転移促進の中心的な役割を担っていると考えられます。また、LILRB4 は 非正規型 WNT シグナルを通じて腫瘍形成を促進しており、抗 LILRB4 抗体はこのシグナル経路を抑制することで腫瘍の悪性化を防ぐ可能性が示されました。
研究が示唆することと今後の課題
本研究は、夜勤や時差ぼけのような生活習慣が体内時計を狂わせ、乳腺の構造変化や免疫機能の低下を通じて乳がんのリスクと進行を高めることを明らかにしました。特に LILRB4 が免疫抑制の引き金になっている点は大きな発見であり、この分子を標的とした免疫療法が circadian rhythm disruption(CRD)に関連する乳がんへの新しい治療アプローチとなるかもしれません。
一方で、今回の結果はマウスモデルと既存のヒト腫瘍データを解析したものであり、人間の患者に直ちに適用できるかは今後の検証が必要です。また、生活習慣の改善—例えば十分な睡眠や規則的な生活—がどの程度リスクを減らすかは明確ではありません。研究チームは今後、体内時計の乱れによる影響を逆転させる方法や、夜勤労働者などリスクが高い人々に対する予防策の開発を目指しています。
まとめ:生活リズムの重要性
この研究から、体内時計を大切にすることが乳がん予防にもつながる可能性が示されました。夜勤や不規則な生活を続ける人は、睡眠の質を高め、可能な限り一定の生活リズムを維持する工夫が重要です。
最新の基礎研究は、私たちの日常生活と病気の発症をつなぐ分子メカニズムを解き明かしつつあり、今後の臨床応用や予防に大きな期待が寄せられています。

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